17世紀以来、大陸からの移民は媽祖を守護神としてきました。そのため、媽祖は台湾全土で信仰の対象となり、台湾各地に870もの媽祖廟があります。旧暦3月の媽祖の生誕祭は、台湾で最も盛大な民俗行事で、各地では神輿の巡幸がおこなわれます。なかでも、台中県の大甲鎭瀾宮や、彰化県の鹿港天后宮、雲林県の北港朝天宮、嘉義県の新港奉天宮、台南市の天后宮など有名です。 大甲鎭瀾宮の巡幸は旧暦3月、神輿を先頭に歌仔戯、錦の旗、山車、龍や獅子の舞いなどが練り歩き、彰化県員林、雲林県西螺と虎尾を経て嘉義新港までを、およそ8日間で進みます。巡幸を迎えた各地では、多くの信者が線香を手に出迎え、爆竹を鳴らします。媽祖が新港奉天宮から戻るときも、沿道では数十万の人々が宴席などを設けて見送りをします。
水滸伝の宋江陣が青写真となっている、民間信仰における「替天行道(天に替わって道を行う)」思想から生まれた陣法は、かつて警察や軍のなかった時代、台湾の各地に出没した盗賊から身を守る手段として寺廟で行われた自衛訓練法でした。また反内陸政府的の色彩をも帯びていたため、政府の文献にも記録されていません。現在ではその歴史のなごりとして伝わった宋江陣を中心に台湾の寺廟に伝わる勇壮な伝統武術の数々が町を練り歩きながら披露されます。
台湾の西南沿岸で行われる民間行事で、もともとは疫病の神を海へ送り出して、平安を祈ったものでした。3年に1回、東港と西港で行なわれます。東港迎王平安祭は旧暦9月に屏東県の東隆宮で、西港の焼王船は旧暦4月中旬に台南県の慶安宮で執り行なわれます。特に東港が有名で、王船を焼く最終日には祭りが最高潮に達します。
「東港迎王平安祭」は8日間にわたり行われ、「開光」、「請王」、「過火」、「巡幸」、「宴王」、「和瘟」、「送王」などの儀式が続きます。王船は紙や木材で数百万元をかけて建造されます。王船を焼く前に、東隆宮では、衣服、食物、神轎など王爺の旅路に必要な品々が準備されます。「送王」の儀式は早朝の吉時を選んで展開されます。爆竹が激しい音を立て、王船に火が投じられ、王爺が疫病神を引き連れて船とともに出航して行きます。
雲嘉南(*1)地方の塩業の歴史は、明朝鄭成功の時代に台湾西南沿海地方において、その強固な基盤が確立されたことに始まります。海水を汲み上げては塩田に流し込み、自然の風をあてながら天日干しにして結晶を得る大変手間のかかる工程が繰り返されます。この340年以上続けられてきたこの伝統的な製塩産業は、かつて台湾の産業の大口であっただけではなく、台湾の経済発展の重要な役割を担い、また不可欠な民生物資でもありました。この338年継続されてきた伝統的な製塩産業の歴史は、2002年にその終焉を迎えました。しかしながら、雲嘉南浜海国家風景区管理所管轄エリア内には、塩田ならではの独特な風景、文化、製塩業に携わる村の生活と風光が今もなお残されています。
(*1)台湾南西部の雲林県・嘉義県・嘉義市・台南県・台南市のこと。
当時は毎年楓が紅葉するころから厳冬に入る季節にかけ、南台湾沿海の強風と極めて少ない降雨量といった天候は、塩の天日干しに理想的な季節となります。またこの時期に行われる素晴らしい伝統行事は「塩」が主役になります。地元伝統の「王爺信仰」の総廟である「南鯤鯓代天府」と塩の民のふるさとである「北門」は、その原点にあたります。
皆様ぜひとも、台湾西南浜海地帯ならではの塩業の歴史と風光をご体験にお出かけくださいませ。