17世紀、鹿港はオランダ人が台湾の物産を搬出する拠点となりました。1784年には、泉州蚶江へ渡る航路の出発点になり、中部の門戸として発展しました。当時、市内の街路には各種商店がびっしりと軒を並べ、長く突き出た庇が狭い街をおおったので、その発展ぶりは「不見天」と表現されました。20世紀に入って、台湾を南北に貫く基幹鉄道が開かれましたが、保守的な風土もあって鉄路は鹿港を通りませんでした。しかも、港が土砂で埋まる不幸が重なり、台湾第二の大都会がまたたくうちに辺鄙な小都市に没落していったのです。しかし、町のあちこちに繁栄をきわめた当時の面影を今もなおとどめています。
鹿港の最大の魅力はいにしえの栄華の跡をとどめる古い家並みでしょう。なかでも特色があるのは、ウナギの寝床と呼ばれる間口が狭く奥に細長い形の家です。この形式が残っているのは、今では中山路の「元昌行」、古市街だけで、それは鹿港民俗文物館のなかでも見ることができます。そのほか中山路沿いの家々は、日本時代に道路を拡げるために家の前半文が削られて、前から見ると現代的ですが後ろを見ると昔のままという新旧折衷になっています。そのほか見逃せないのが寺廟の数々です。鹿港のお寺はまさしく台湾における建築の粋、そして芸術の集大成と申せましょう。